知られざる作家の苦悩

ある次元ある時間の話

夜。若い女の部屋。机のノートPCに向かっている。

宅配便のダンボールが開けられていて、駅弁が机においてある。


「うん、喉が渇いたなあ。」

女は冷蔵庫から、カクテルのボトルを取り出す。その中身をファーストフードの持ち帰り(テイクアウト)で持ち帰った折れ曲がりストロー付カップを開けて、注ぐ。


「こうしないと、こぼれちゃうんでね。」

女はPCの右横にそのカップを置いた。


「よし、本格的に長編に望むとするか。」

ナレーションの声
彼女は今まで、短編を自分のケータイHPで書いていたのだが、これから新たに長編を書く決心をしていたのだ。


「よし、まずは、リラックスして。」

女は両肩をまわし、手首をグルグル回した。


「指の配置はホームポジションで、ピアノを弾くように軽いタッチで。」

左手の人差し指をキーボードのFに、右手の人差し指をJの突起に置いた。


「画面には仕事のように注意を払わない!」
彼女は、昼間の会社での出来事を思い出した。

回想シーン
昼間の会社。大勢が机を並べて、仕事をしている。
ハゲた頭の係長。係長は椅子に座っている。彼女が係長の前に立っている。
大勢が彼女と係長を注視している。
係長は、書類で机の上をバンと叩く。

係長
「君は、何年この仕事をしているんだ!」

彼女は泣きそうになりながら、下を向いて答える。


「2年目ですけど・・・」

係長
「そんな事を言っているんじゃない!何度、同じ失敗をすれば、気が済むんだ!」


「どこか・・間違っていましたか?」

係長は書類を指差し、赤ペンで、数字のゼロにバツ印を入れて消した。

係長
「ここの数字の桁が1桁違うんだよ!前も同じ間違いをしたんじゃないのか!」


「前は、二桁間違っていました・・・」

係長
「それで、少し進歩したとでも言いたいのか!」

係長はまた書類で机をバンと叩いた。

彼女の目から、涙が流れた。


「事実をただ言ったまでで・・・そんなつもりでは・・・」

係長
「事実?事実だと!そんなつもりはないだと?」


「はい、すみません・・・」

係長
「そんなつもりはなくてもなあ。お前は!お前は!」

彼女は何回もお辞儀をする。


「すみません。すみません。」

係長
「お前は、会社を潰す気か!」

係長は書類で机をバンと叩くとその勢いで書類がパラパラと飛び散っていた。


再び彼女の部屋


「あーあもう!嫌な事を思い出した!あのハゲ今に見ていろよ!」

机をバンと叩く。


「ああそうだ!」

彼女は何かを思い出したように、席を立ち、アルバムを持って来る。


「社員旅行の時のハゲの写真は・・」

彼女は、アルバムをパラパラめくる。


「あった!ハゲ発見!」

写真には、ハゲが、酔っ払って赤ら顔で笑っている。


「のんきに笑っていやがる!」

今度は、ケータイを取り出して、サイトを呼び出している。


「確か、ケータイのおみくじで・・」

ケータイのおみくじ画面が出てくる。


「あった!確か、番号は○○だったわよね。よし、クリック!」

ケイタイの画面に[大凶]の文字が映し出される。


「よし![大凶の画面]召還成功!」

彼女は、ケータイに出た[大凶の画面]をハゲの写真に向ける。


「大凶よ!このハゲに乗り移れ!エイ!」

念を込めてしばらく、かざした後、汗をぬぐいながら。


「物理的にそんな事はないと充分、分かっているが、気持ち的には、少しスッキリした!」

気を取り直して。

ストロー付カップを見た。


「よし!ドーピング開始!」

ストローから、カクテルを飲んだ。

げっぷをする。


「うーん、ストローで飲むと流石にキクなあ!チクショウ!」

スナック菓子を口の中に入れる。

カタカタとキーボードを叩きはじめる。

しばらくして、手がキーボードから離れる。


「短編は結論が分かっているので、イッキに書けるんだけど、長編は結論が未定なので、続けられるのか、やっぱり自信がないなあ。しかし、避けていては、いつまでたっても書けない!とりあえず、いけるところまで!」

また、ストローから、カクテルを飲んだ。

また、げっぷをする。

カタカタとキーボードを叩きはじめる。

しばらくするとまた、手が止まる。


「うーん!そもそも、小説ってどう書くんだっけ?」

酔いが回って来ている。

腕組みして、暫く考える。


「・・・・」

腕組みしたまま寝てしまう。


「グーグーグー」

夢の中で、自分の好きな俳優やアイドルが集団で、優しく話しかけてくる。


「エヘ、エヘ、エヘヘヘヘー・・・」

彼女の口から、よだれが出る。

女の寝言
「ハーレム・・・だ!」

体がガクンとして、ストロー付カップを倒し、カップのストローが蓋とともに外れて、カクテルがこぼれて、彼女の下半身にかかり、目が覚め気づく。


「ああ、もったいない!」

カクテルの残りをズズズズズーと飲み干す。


「あーあ、下も濡れている。」

彼女は、カクテルで濡れた机や下半身をティッシュで拭く。


「やっぱり、着替えなきゃだめか?」

彼女は、席を立つ。

しばらくして、ジャージ姿で、座り直す。

腕組みする。右手のコブシで、左の手の平をポンっと叩く。


「ああそうか!小説は筋を考えるというより、夢で見たように、登場人物に自由に、しゃべらせればいいんだわ!」

そういうと、目をつぶり、キーボードに手を置く。


「登場人物は私、私は登場人物、なりきって、自由にしゃべれ!」

キーボードを叩きはじめる。


「話しはじめた!」

キーボードを叩く音が軽快になっていく。

時間がたち明け方。鳥が鳴き出す。


「登場人物になりきって、自由にしゃべらせたのは、いいけれど・・」

「登場人物に、自由にしゃべらせれば、大阪のおばちゃんみたいに・・」

「勝手にしゃべりまくって・・・」

「いつまでたっても・・・」

「止められない!」

彼女はガクンと眠りに落ちる。

カラスがまるで、馬鹿にしたように鳴いている。

カラス
「アホー、アホー、アホー!」

END